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吉野に生まれ住んで五十有余年。
子供の頃の遊び場は山ではなく吉野川でした。 ![]() 私が小学校のこの頃はといえば、 午後になると当然のように川で水泳です。 岩や釣り針で足を切ってもお構いなし。 おぼれかけている下級生を何度か助けたこともありましたがまた逆に、 水泳中私が「こむらがえり」を起こして泳げなくなり、 上級生から助けてもらたとこともありました。 そして1時から3時頃まで川で泳いだその後は、 近所の広場で草野球です。 小さな子は三振と分かっているので、 「ゴマメ」と称して女放り(なぜかこう言った。実際はソフトボール投げ)で アウトカウントには入れずに、 バッティングさせるやさしさ。 昨今のゲーム時代にはない、 縦割りの思いやりっちゅうのが まだいっぱい残っておりましたなぁ。 中学に入ると川遊びは危険な方にエスカレートし、 夏休みを待てずに6月くらいから川へ。 タイヤチューブを戸板に針金でくくりつけ、 それに乗って急な瀬を下ります。 あまりにも急な流れなので何度かは転覆しますが、 それがまたスリルがあって楽しいのです。 さすがに高校生になるとそんな遊びはしなくなり、 もっぱら水着女性の鑑賞をば・・・・・・。 おっと忘れてはだめです。 吉野川にまつわる話。 昔は芸者さんを乗せて川下りをし、 舟から網を投げて鮎を取り、 しかもその場で食べさせるという鮎舟(屋形船)があったようで、 時代と共に役目を終えたそんな2艘が、 なぜか我が家の近所に係留されていました。 大学生になった私は誰も邪魔されないその舟に文庫本を持ち込み、 船首に寝転んで読書(というよりは昼寝)にいそしんだものでした。 私の思い出はいつも吉野川と共にあります。 「よき淵へ降りる径あり宮涼し」 森田峠 |
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